育児と物理

育児と物理

高エ機構素核研 延与佳子IPNS/KEK Y.Kanada-En'yo


育児と物理研究の両立に関連して、一人の子育て現役の若手研究者として、現場の生の声を伝える。

「育児と研究の両立」は分野(社会)として取り組む重要課題の一つ
女性の社会進出の権利が保障されている限り、女性進出が進むことは間違いなく、実際の日本社会でも働く女性が増加しつづけているのが事実である。 この流れに乗って分野が発展するためには、女性の能力・労働力を採用して最大限活用することが重要であることは言うまでもない。さらに、共働き家庭が増え ていく中で、「育児と物理研究(教育)」の両立の問題は女性に限らず、"男性研究者のアクティビティを保障するため"にも社会として取り組むべき重要な問 題の一つであるということを忘れてはならない。また、こうした問題を放置すれば物理分野で特殊に少子化が進むという歪んだ状態も起こり得る。男性と女性の 両方が研究活動に参加し、「育児=次世代を育てる」という社会的責務に貢献することが長期的な視点での分野の発展に繋がるものと考える。

「育児と研究の両立」は一人では不可能
保育所など最低限の公的な育児サポートが利用できる現代においても、自分一人で育児とそれに伴う膨大な家事をこなしながら最先端の研究 活動を維持することは不可能である、というのが私の意見である。子持ちの研究者(仮に男性として)が、例えば、配偶者が海外出張などで何年間も不在の状況 で、実家など他人の助けなくして研究のアクティビティを持続することができるか、ということを想像すれば容易に理解できるはずである。そのようなことは、 男女問わず、凡人には不可能である。しばしば、特別なスーパーウーマンを例にあげ「○○夫人を見習って頑張りなさい」というような励ましをうけるが、受け 皿がないまま両立を強要すれば、活動の低下した研究者と不幸な家庭を増やすだけである。少なくとも人並みの生活の中で精神的にも充実してこそ、創造的な研 究が生まれるはずである。

「育児と研究の両立」のために必要なもの
男女問わず育児と研究を両立させるには、第3者の家事・育児のサポートが必要不可欠である。平日定時以外の子供の世話、育児に伴う膨大 な家事(買い物、洗濯、食事)、病気の看病、授業参観などなど、保育所に通ってる我が子に必要な手間は山ほどある。家庭事情によって様々だが、間違っても 「母親がやるべき」という固定観念に従って一人で乗り切ろうと思ってはいけない。使えるものは何でも使う。家庭内でパートナーとのシェア、それでも足りな いから実家や親戚、近所の人でも、民間サービスでも、とにかく第3者のサポートを探す、というのが研究者に必要な「プロ意識」である。日本社会では保育所 以外の育児や家事サービスがまだ不十分であるだけでなく、「母親が家庭を守るべき」というような固定観念のせいか、そうしたサービスを日常的に利用するこ とが当たり前になっていない風潮も、若手研究者の葛藤を生むであろう。私の場合、最初の子供から5年かかってようやく、仕事のために民間サービスを利用す るというプロ意識に目覚めたところである。育児・家事サービスの充実に加え、様々な家庭環境での両立のしかたをロールモデルとして伝えることが若手研究者 のためになると考える。もちろん、両立に必要な他の要素として、「職場の理解」の重要性も強調したい。

物理研究者に育児休暇は嬉しいか
育児休暇取得制度があるにも関わらず、物理学会員のアンケート調査では学会員の育児休暇取得率が世間と比べ非常に低いという結果があ る。PDに育休がない、大学教官の場合に代用教員の制度が不十分である、といったことも要因の一つと推測されるが、それ以上に物理の場合には、研究者競争 の中で、研究の中断や遅れに繋がる育児休暇は必ずしも得に思えない。育休を取って育児に専念しても、それを社会的貢献として評価される仕組みは現在の物理 研究者社会にはない。そもそも女性研究者の場合には、出産のために(少なくとも2ヶ月程度の)研究の中断という生物学的な義務を負うわけで、私自身も出産 後に物理研究に復帰できるかという不安をかかえていた。個人的な勝手な要望としては、育児休暇よりも育児期間サバティカル制度が欲しい。女性が出産を受け 持つのだから、男性が育児を受け持ってほしい、というのが素朴な気持ちである。

(日本物理学会第58回年次大会講演概要集より 30pZN-2)