男女共同参画学協会連絡会議と物理学会の取り組み

男女共同参画学協会連絡会議と物理学会の取り組み

Activity of Equal Participation Committee of JPS and Joint Academic Societies愛 知 大(Aichi University)一般教育研究室 坂 東 昌 子(Masako Bando)


(1) はじめに
「仕事・妻・母親の3役を完璧に果たさなければならないと思い込んでいないか」「女性はなぜ、昇進に不利なのか」「男みたいな女でないと成功しないのか」 といった疑問からはじまる「キャリア・ウーマン」が日本で紹介されたのは1977年であった。日本の女性物理学者は、今、4半世紀おくれて、このような議 論を始めたといってもいい。仕事を持った女性が男性とともに、ごく自然に仕事も家庭もバランスよく充実した人生を歩みつづけるために何が必要なのだろう か。

(2) 育児と研究のバランスと雑用
物理学会誌( 日本物理学会誌 2001年3月号)の記事「もっと女性研究者に会いたい」には、「女性研究者の場合に、業績や機関・職階と、子どもの有無とは関係がないこと」と「女性研 究者は雑用を嫌う」旨の記述がある。これは、本文中にもある通り、「女性研究者のキャリア形成」という調査報告書の引用であるが、果たしてこれは本当なの だろうか。前者についてこの調査書を仔細に見ると、子供の数と業績が反比例しているように見える表が見つかった。また後者については、例えば、「座長・ テーマ代表など学会の役を引き受けたことがある」「理事など学会の役員になったことがある」との回答では、1%水準で有意差が見られる。」というのであ る。そもそも雑用って何なのか?お茶くみとまではいかなくても「地位の与えられない雑用」は女性の方がよくやっているように感じるのは私だけであろうか? どうも認識がずれているし、調査自体も見直す必要がありそうだ。ちなみに、この調査には、物理学会は対象になっていない。学会によって学問の性格によって 異なるとしたら、どうしても物理学会の調査がほしいな、これが率直な感想であった。その機会は、パリ会議への要請がきたとき、思ったよりやってきた。物理 学会でのアンケート調査が実現したのである。そこで、そこから得た情報と、その後の知見を紹介したい。

(3) 物理学会のアンケート調査と米国の調査
今回の物理学会の調査をみると、まず(1)については、グローバルに見ると年齢を累積した業績結果からだけみると、「子供のあるなし」によって業績に差が あるという結果は出なかった。しかし、よくよくみると、確かに子育て期間(30−55歳)では、男性に比べて女性の業績にギャップがある。ところが後には この傾向は消えているのである(詳しくは物理学会のデータを参照のこと)。さらに突っ込んだ分析が必要である。一方、W.Cole and H.Zuckermanの「結婚・母親業と研究活動は両立するか?」という論文(Scientific American Vol. 17 No. 4 (1987))では、「子持ちの既婚女性たちは独身の女性研究者に勝るとも劣らぬ論文を発表している」と主張している。しかし、詳しくみると、「研究者と して生き残ったしかも結婚し子供を育てた経験のある女性研究者は、本当はもっと能力を発揮できたのにこの程度にとどまっていたのではないか。さらに、子供 を育てるということ自体のエネルギー(それが無駄だといっているのではない。これも大切な人生の楽しみでもあるのだが)はやはり研究に影響するはずだ」と の感触はここからも読み取れる。私も、優れたアメリカの女性研究者を幾人も知っているが、子育て期は活動力は低くなっていると感じる。ともかく、「子育て は研究には何の障害でもない」といって育児のサポートをしなければ、それだけそれは学会の損失なのだという認識は必要である。
そこでもうひとつ、Elizabeth Simmons さんが昨年来日されたとき紹介いただいたM.A.Mason and M.Gouldenの「Do babies matter? The effect of family formation on the lifelong careers of academic men and women」の論文(ACADEME Nov.-Dec. 2002,p.21)を紹介する。結論は 「概してBaby Gapは顕著でないが、詳細に見ると「Early Baby Gap」が存在する。」、つまり、比較的研究者として確立し、職も得た後で子育て期をむかえた人は影響が少ないが、PHD前後に子育て期になった場合は影 響が大きいというのである。興味のある人は原論文を見ていただきたい。これはまさに、研究者のマタイ効果と女性研究者問題というテーマである。いったん研 究を確立し、そして地位を確保すると、研究条件が保証されるので、その後育児といったエネルギーの要る生活にはいっても、その影響は少なくてすむ。周りに 研究者仲間があり、支えてくれるからである。それに反して、スタート時点で研究の遅れがあるとそれを取り戻すのに自分の努力だけではなく研究環境の悪さや 経済的な保証がなくて苦労が大きいのである。「富める者はますます富む」という効果が、研究者の活動には避けて通れないジンクスとして存在するのである。 これを如何に克服するか、研究者として成長するのを支えられるか、これが今後の課題なのである。

(4) 少子化と女性のライフサイクル
ところで、図左は、大学に関連した機関に所属する研究者の平均子供の数を物理学会の調査から見たものである(子どもの数の男女差)。実は企業の研究者の状 況を見ると少し様子が違う。この様子は、応用物理学会の調査のほうがはっきりしているので、これを紹介する。企業では雇用機会均等法成立を機に、女性研究 者が増加しているのも顕著だが、さらに目を引くのは、女性研究者の平均の子供数が、ある時期を境にかなり増えているのである。この時期というのは「育児休 業法」ができたとき、すなわち、1985年以後に企業では劇的な改善がみられたということである。それに比して、研究機関は遅れていることが今回の調査で 判明したのであった。ともかく、少子化が国家的な問題となっている現在、大学に勤める女性研究者の子供の数が明らかに少ないのは、社会問題でもあるという ことになろう。


図 左:日本物理学会アンケート結果(年代別平均子供数)
右:応用物理学会男女共同参画委員会アンケート報告(機関別平均年代別子供数)(PDF)
(http://www.jsap.or.jp/activities/gender/enquete/PDF/enquete_j-46.pdf)

結論として、大学サイドでの子育て支援体制と、柔軟な雇用の形態がひつようであることが痛切にわかった。育児休職制度・学校教職員向けの代替教員制度は大 学では機能していないのである。それは研究者と大学の業務の実情に対応する大学の特徴を加味したシステムづくりが遅れていることを意味していたのである。 そこで、私たちは、今1つの結論に達している。「大学に働く女性研究者にふさわしい育児支援システム、フレキシブルに選べる育児サポートシステム、保育施 設や柔軟な勤務時間など家庭に優しい方策が与えられるにはどんなことを考える必要があるのか、さらに介護支援システムも含めて考えていく必要があろう。」
現在物理学会では男女共同参画委員会を中心にして、いろいろな課題に取り組みたいと考えている。どんな課題を設定しているかは物理学会のHPを参照願いた い。皆さんのご協力をお願いしたい。(なお、これは、日本物理学会第58回年次大会講演概要集より 30pZN-6に手を入れて修正したものである。)