会員情報にみる物理分野でのダイバーシティ施策の必要性
男女共同参画推進委員会 委員長 野尻 美保子
日本物理学会では2002年に男女共同参画推進委員会が設置され、それ以後学会として継続的に男女共同参画問題に取り組んできた。しかしながら、物理学分野においては相変わらず女性の比率が少なく、また、増加する傾向にもない。女性比率が少ないことは、物理学会の年会、大会に参加する会員であれば容易に実感できることであろう。新規会員における女性比率は2000年ごろから10% とほぼ一定でありであり、この数字は、海外における若手の女性研究者の比率である20% から30% とくらべても明らかに低く、また順調に会員比率を伸ばしている生物、化学系とくらべても女性の参加がとくに悪い状況が続いている。
今期の理事会では、物理学会の会員情報をもとに若手女性会員が置かれている状況を調査した。詳細な結果は本誌の「男女共同参画推進委員会だより」に掲載されている。物理学会の女性比率等については、以前からも公表してきたが、今回の調査では、会員を入会年度ごとに区分し、女性会員比率が入会時点からどのように変化するかに着目して会員登録状況の検討を行った。物理学会の会員数は現在約1.6万人、毎年1500人程度の入会者があり、会員の大半は、大学等の教育研究機関に席をおく学生、非常勤、常勤の研究者である。新規会員のほとんどが物理系の学科に所属する大学院生であるが、そのうち2割ほどがアカデミックポストを得て、長期的に物理学会会員にとどまる。物理学会の会員データから 同時期に入会した会員の女性比率を経年的に追っていくと、女性のほうが早いペースで退会し、最終的に女性比率が入会時の7割以下まで減少することが明らかになった。このように、キャリアを積むにつれて女性比率が減少する傾向は、leaky pipleline と呼ばれ、社会における男女不平等の指標として広く受け入れられているものである。なお、アメリカ物理学会の同様の調査では新規PhDの女性比率20% に対して、新規の採用スタッフの女性比率も20%程度であり、leaky pipe line は存在しない。(Women among Physics & Astronomy Faculty)
入会、退会は、会員個人の判断であり、個人の問題として見過ごされることが多い。しかし、その積算である今回の結果は日本の物理コミュニティにおける「ある傾向」を示すものであるといえるだろう。国の施策として男女共同参画が謳われてすでに20年近く経過しているが、日本における男女共同参画の指標はアジア圏を含む海外のものと大きく乖離しており、物理学会も危機感をもって対応する必要があると考える。
状況を改善させるヒントは各種統計のなかに見うけられる。とくに重要なのは、女性の業績が、昇格や採用に正しく反映されているか継続的にモニターすることであろう。最近のエルセビアの調査によると、世界的には研究者のoutput 指標値は男性が女性よりやや多いが、日本のみ女性が男性より1.4 倍多いという異常な結果があり、前述の日本におけるleaky pipeline 現象とあわせ、採用・昇格の時の女性に対する評価に問題があって、セレクションバイアスが働いていることが推察される。(Gender in the Global Research Landscape Report)。これを裏付けるように、男女共同参画学協会連絡会の大規模アンケートの物理学会会員回答では、「女性研究者が少ない理由」という設問に対して「評価者に男性を優先する意識がある」と回答する女性が 30.7 % であるのに対して男性は10.9%(男女差が19.8%)と選択肢の中で男女間の乖離がもっとも大きい。同様に、「指導的地位に女性が少ない理由」として、37%の女性が「評価者に男性を優先する意識がある」と回答しているが、同じ項目を選択する男性は少ない(12.4%)。これ以外に男女の乖離が大きい回答項目として、「男女の社会的分業」「育児」「介護期間後の復帰が困難」「社会の偏見」等があり、多くの女性研究者が介護育児の負担を感じながら、自らの研究に対して社会や同僚から肯定的なシグナルを受け取れない状況がうかがわれる。同じアンケートの中で、女性比率の改善の施策として「積極的採用」を選択する率は女性が58.8%、男性が35.3% となっており、女性の肯定的回答は学協会全体の平均より高めとなっている。
国際的には、女性研究者比率だけではなく、女性の活動が適切に表出されているかが問われるようになり、欧米においては会議の登壇者の女性比率の点検や、大学評価における女性参画の指標の導入が進んでいる。この流れをうけて、国際純粋応用物理学連合(IUPAP)は昨年の総会において、IUPAP主催会議でより多くの女性が登壇者となるよう要望する決議を採択している。物理学会でも、年会・大会のシンポジウムなどの女性登壇者比率を継続的にモニターするとともに、主催、後援会議についても女性比率の調査を行うことにした。また、今年度の物理学会の事業計画でも、会員女性比率が低い現状を改善を要する項目として新たに明示的に取り上げている。春の年会では、男女共同参画を話題にするランチミーテイングを企画しており、多くの会員に参加いただければ幸いである。
(日本物理学会誌73巻5号 巻頭言より)