将来を見据えた男女共同参画推進

男女共同参画推進委員会 委員長 板倉明子

日本物理学会では2002年に男女共同参画推進委員会が発足し、同年、男女共同参画学協会連絡会の発足学会の一つとなった。2002年当時の男女共同参画活動は「男女ともに望ましい研究環境を作る」という目標を掲げつつも、本来あってはならない「性による差別をどうやってなくしていくか」が課題だった。給与や昇進・昇格における性差別をなくし、同じ実力を持つ者は同等に扱うという考え方だ。差別発生の根底には「理系は男子が得意、文系は女子が得意」という社会全体の先入観や、親や教師たちから後天的に植えつけられた女性本人の思い込み、居心地の良い男性だけの社会に異物である女性が混じるのを嫌う風潮も残っていたと思う。それらを解消すること、そして女性が社会進出することで発生する産休や育児休暇中の問題を解決すること、働きやすい環境を整えることを目標とした活動が行われた。環境を整えるのには集団効果が有効だから、女性研究者を増やそう、というのもその当時からの目標だった。

現在は発足時の課題の多くが解消され、あるいは好転しつつあり、次はそれを徹底していく段階である。私は発足当時の男女共同参画推進委員会の委員をさせていただいていて、私事になるが2003年の出産後には女性支援の恩恵を大いに受けてきた一人だ。「本業と育児で忙しいだろうし、一段落してから戻ってきてね」との当時の委員長のお気遣いで、しばらく委員会から離れさせてもらっていたが、71期の藤井会長は男女共同参画推進にもとても理解の深い方で、今年、安心して担当理事を引き受けさせていただいた。

担当になって初めの仕事としてAAPPS-WIP のworkshopとGender Summit 6 -Asia Pacific 2015に参加した1)。その席で、何のために男女共同参画を推進し、女性研究者の人数割合を増やしてジェンダーバランスを考慮しなければならないかという理由づけ等、今後の男女共同参画を考える上で参考となる意見を聞いたので、物理学会の方々と共有したい。

シートベルトの使用が道路交通法で決まっているが、妊婦は除外される。ベルトで胎児が圧迫され、危険にさらされるからだ。自動車の追突事故が起きた時、男性に比べて女性の方がむち打ち症になる確率が高いというデータがあるそうだ。事故実験に用いるダミー人形が成人男性体型であるため、身体が小さく首が細い女性に対応していないと結論付ける研究者がいる。人種や性差で効果の異なる薬品がある事は今や広く知られているが、動物実験に使われるマウスは(メスの生殖周期を嫌って)オスばかりだそうだ2)。研究現場にもっと女性がいたらどうだろう? 自分の体型に合わないダミーばかりの実験に疑問を感じるのではないだろうか? 女性に効く薬、男性に効く薬の違いにもっと早く気づいたのではないだろうか? 被実験体の女性を観察することで回避できることもあるが、当事者として研究することが大きな違いをもたらしたのではないだろうか? 妊婦が使えるシートベルトや体型にかかわらず安全な車があったら、男性も女性も使える薬や女性の痛みに効く薬があったら、その開発は大きく産業に影響を与える。つまり人間の性差を考慮した研究・産業が存在する。「男女共同参画の多様な視点がイノベーションを生む」という言葉を折に触れ聞いてきたが、このサミットではその具体例をいくつも教えられた。

これは女性に限ったことではなく、すべてのマイノリティに当てはまることである。研究分野におけるジェンダーバランスを正常化するのは、多様な研究者から多様な研究を生みださせるためである。しかしながら、日本の女性研究者割合は14%と世界最低レベルである。物理学会ではわずか5.8%で、とてもバランスが良いとは言えない。大学や職場で研究者を目指す女性を差別せずに引き上げるだけでは足りない。研究現場に女性が必要なのだから、もっと研究者を目指す女性が増えてくれなくては困る。物理学会では「女子中高生夏の学校」や「関西科学塾」にも協力し次世代の育成に気を配っている。5年後10年後に期待したい。

駅構内の電車の時間表は、特急が赤系、急行が緑系だが、日本人男性に5%ほどいる色弱者にも区別がつくよう、赤と青緑の組み合わせを使う会社が増えた。NHKや大手企業のポスターも、自由な色使いをしているように見えて、実は色弱者にも対応したユニバーサルデザイン(誰でも判別できる色使い)となっている。男女共同参画の推進によって、性差に考慮した製品が増えるのか、ユニバーサル化が進むのか私は答えを持っていないが、住みやすい世の中になることだけは確かだと信じている。

参考文献および注釈

1) 日物応物連絡会報告書 http://danjo.jps.or.jp/post.html

2) データの乱れは♀マウスの生殖周期のせいであると解釈され実験から排除されていたが、♀マウスのみを集めて実験を行うと、ピーク位置が異なる(性差がある)ものの、♂マウスのみの時と同程度の分散で収束したとの報告があった。

(日本物理学会誌2016年4月号 巻頭言より)